母が介護施設へ入った経緯

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親の介護
通い続けたい着付け教室No.1 きもの着方教室いち瑠

介護施設へ入るま

80代半ばの私の母は、現在、介護施設で暮らしています。
父が他界してから、8年が過ぎた年に、入所しました。

父がガンで亡くなってから、母は独居でした。
いや、正確には「インコ」と2人?で、仲良く暮らしていました。
このままここで暮らし続けたい、気楽でいたいから、と母の希望でした。

しかし、80を過ぎた頃、腰椎の圧迫骨折をしてしまいました。
それからは立て続けに、圧迫骨折を2度ほど繰り返し、手術、リハビリ、と数か月の入院生活を余儀なくされました。
それ以降、認知症が進み、被害妄想なども出始めてきていました。


もともと頑固な性格だった母は、さらにパワーアップして、人の意見をまったく聞かなくなり、都合の悪いことは「忘れた!」「覚えてない!」と開き直っていたのである。

私が母に、介護施設へ入ってもらおう、と決断した理由について、簡単にまとめてみました。

  • 週に2日のリハビリデイサービスへ行かなくなった(朝、お迎えの車が来てくれるのに、何かしらの理由をつけて断っていた)
  • 毎日の薬を飲まなくなった(個包装にして、お薬カレンダーに入れ、毎週確認していたが、飲みたくないからもう飲まないと言い出した)
  • 定期的に通っていた病院へも行くのを拒否するようになった(面倒くさい、もうこの歳まで生きたから行かなくていいと)
  • ご飯を食べずにアルコールばかり飲むようになった(もともとお酒大好き!でした)
  • 飲んで酔いが回り、夜中に転んだりぶつけたりして、青アザが絶えなくなっていた
  • 火の不始末があった(台所のガスは止めていたのに、自分で元栓を開けて使ってしまった)
  • トイレが間に合わず、失敗が増えてきたのに、パッドを使うことを嫌がり、家の中が大変なことになっていた


    そして、私を始め、ケアマネージャーさんや、病院の先生の意見も聞き入れてくれなくなっていた

実際には、もっといろんな出来事があった。

母を含めてケアマネさんたちと、何度も話し合いを行ったが、母は変わらなかった

母の生命の安全も確保できない状況になってきていた

私も戦った。
いっぱい泣いた。
そして、円形脱毛症にもなった。

その後、ケアマネさんが、同じ市内にある「サービス付き高齢者向け住宅」という、安価で入居一時金も必要なく、開所して1年も経っていない、デイサービスも併設している、母にちょうどいい施設を紹介して下さり、無事に入所することができたのです。

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